"おいない"の京都最新情報
2018年 4月 15日(日)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
鎌倉前期に建てられた観音堂(重要文化財)は、老朽化で二〇一四年に一般公開をやめ、翌年に宇治市指定文化財の不動三尊像を修繕した。
その過程で、脇侍(きょうじ)である二童子像の足ほぞから墨書が見つかり、正保三(一六四六)年に当代屈指の京仏師・吉野右京が制作したと判明した。
右京は相国寺(上京区)や龍安寺(右京区)などにも作品を残した仏師。
このほか、持国天と多聞天が極彩色で立体的に描かれた観音堂厨子(ずし)扉絵や最勝院不動堂所在の不動三尊像、最勝院と浄土院伝来の大判古図なども並ぶ。
鳳翔館には一九九九年に修理された観音堂本尊の十一面観音立像(重文)が常設展示されている。
六月二十九日まで。拝観料が必要。五月十六日から一部、展示内容が替わる。
"おいない"の京都最新情報
2018年 4月 15日(日)
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"おいない"の京都最新情報
2018年 4月 13日(金)
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僧侶や門信徒たち約二千人が御影堂内で「南無阿弥陀仏」の声を響かせた。普段は非公開の書院(国宝)などの特別公開も行われ、多くの参拝者が訪れた。
西本願寺の恵信尼の法要は、一九七〇年に営まれた七百回忌以来。この日は大谷光真前門主が座り、女性僧侶二人が初めて法要の始まりに唱える声明を先導する「散華頭」を務めた。この後、僧侶を含めた参拝者たちが、親鸞の書き残した「正信偈(しょうしんげ)」を一斉に唱和し、宗祖の伝道を支えた恵信尼の生涯を語る法話もあった。
安土桃山時代に発達した書院造の代表とされ、現存最古の能舞台を備えた書院や回転する八角形の棚が特徴的な経蔵(重要文化財)、時を知らせる太鼓を収納した太鼓楼・御成門(同)と旧仏飯所も特別公開する。
十六日まで。同日は書院は非公開にする。
烏帽子姿と着物姿の蹴鞠保存会のメンバーにより、威勢の良いかけ声を出しながら、右足で白いまりを蹴り蹴鞠を披露する。 同宮に祀られている淳仁天皇(七三三~七六五)の命日に毎年開催されている。
§蹴鞠について§
日清戦争の際、広島の大本営で京都在住の公家が明治天皇に蹴鞠を披露した。その後、天皇から蹴鞠を保存せよとの御下賜があり、明治三十六(1903)年に蹴鞠保存会が出来た(今年で創立百十四年目)。雅な王朝風の遊戯であり、サッカーの元祖とも言われる。
蹴鞠の歴史は、約千四百年ほど前に中国から仏教とともに日本に伝わった。鎌倉時代には後鳥羽天皇のバックアップもあり、「蹴鞠道」として出来上がった。
公家は「歌鞠両道」といって、和歌と共に蹴鞠は必要条件だった。蹴鞠は勝ち負けがないのが特徴で、使うのは右足だけで、ひざを曲げず、靴を地面に擦るようにして蹴る。鞠を受けたら三回目に上半身は動かさずに相手に渡すのが基本。 蹴鞠の際の掛け声「アリ」・「ヤウ」・「オウ」の意味は神様の名前を呼んで応援を請うている。アリは夏安林、ヤウは春陽花、オウは秋園。鞠の製法は裏返しにした二枚の鹿皮を、馬の背皮で縫い合わせている。蹴鞠を行う庭は約十五㍍四方の大きさで、四隅に掛かり木があり、神様が宿っているとされ、鞠庭に入るのは、神仏に祈るような心境。装束にも特色があり、装束や烏帽子は位によって色や形が違う。袴は張りがある葛で作られる。鞠靴は革の靴と足袋をくっつけ形で、脱げにくい。
※「逸 話」 蹴鞠で脱げた中大兄王子の靴を藤原鎌足が拾ったことで二人が接近し、六四五年の大化の改新につながったと言われる。
"おいない"の京都最新情報
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★下京区の東本願寺(真宗大谷派本山)で一日、「春の法要」が始まった。宗祖親鸞の誕生を祝う法要が営まれ、荘厳な音楽に乗せて「南無阿弥陀仏」と唱える声が堂内に響き渡った。
親鸞は一一七三(承安三)年四月一日に生まれたため、同派は毎年四月に法要を営む。二七〇〇人の参拝者が集まった御影(ごえい)堂では電子オルガンの音色に乗せて僧侶が入室。さらに参拝者たちが僧侶の声に合わせて親鸞著の「正信偈(しょうしんげ)」を唱和した。
春の法要は三日まで。同派によると期間中、約八千人が参拝に訪れる見込み。
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
★京都府木津川市にある寺院の秘仏や寺宝、春らんまんの境内を公開する「春の特別開扉 国宝めぐり花めぐり」が市内で開催されている。
同市は府内で京都市に次ぐ数の国宝・重要文化財がある。春と秋に市観光協会が特別開扉をしており、今回は六寺院が参加する。
浄瑠璃寺の九体阿弥陀如来坐像は夏から約一〇〇年ぶりの修繕が順次施され、五年後まで九体そろった姿では拝めなくなる。また、蟹満寺(同市山城町)の十二天屏風(びょうぶ)、海住山寺(同市加茂町)の飯縄(いづな)大権現、岩船寺(同)の弁財天像、西念寺(同市鹿背山)の薬師如来坐像など、普段は非公開の文化財も公開される。
神童寺(同市山城町)では、桜やミツバツツジの競演も楽しむことができる。
キャンペーンは五月三十一日までだが、寺院によって公開期間が異なる。
[京 の 季 節 の 花 だ よ り]
★宇治市宇治の平等院で五~九日、桜の時期で初めてとなる夜間特別拝観が行われる。鳳凰堂や満開のしだれ桜が闇夜に浮かび上がった。
極楽浄土を表現する鳳凰堂はLED(発光ダイオード)照明五基に照らされ、正面のしだれ桜との共演が彩りを添えている。
境内などではボケの花が満開を迎え、フジも咲き始めている。
夜間特別拝観は午後六時半~九時拝観料が必要。
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
平安初期から続くといわれる十三まいりは成人になるための通過儀礼で、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)から知恵を授かるために参拝する。
帰りに渡月橋を渡る際は振り返ってはいけないとされている。
[京 の 季 節 の 花 だ よ り]
★西京区の松尾大社で、ヤマブキが見頃を迎えている。
同神社が「こんなに早い開花は初めて」と驚くほど咲きそろい、緑の葉に映える愛らしい黄色の花が、多くの参拝者を楽しませている。
同神社によると、平安時代から周辺はヤマブキが自生する地域だった。昭和三十年代から境内に植え始めた。現在は約三千株のヤマブキがあり、境内を流れる一の井川沿いを彩っている。
一〇日から五月五日まで「山吹まつり」を開催し、神事や行事が行われる。
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"おいない"の京都最新情報
2018年 3月 24日(土)
[京 の 季 節 の 花 だ よ り]
宮仕えを終えた小野小町がこのあたりで余生を送ったことから小野小町ゆかりの寺としても知られている。
毎年三月最終日曜日(今年は二十五日)、春の恒例行事、平安時代の小野小町をしのんで、深草少将の恋の伝説にちなむ「はねず踊り」が、薄紅色を意味する「はねず」色の小袖をまとった子どもたちが愛らしい舞を披露した。
はねずとは、昔の言葉で梅花の薄紅色(白色を帯びた紅色の古色名)を意味し、院内に咲く梅の花も同名で呼ばれ、古くから親しまれている
はねず踊りは、平安期、小町を慕う深草少将が百夜通いの誓いを立て、はねずの咲く小野の里に毎晩通い続け、百夜を前に残り一夜というところで疲労に加え大雪に見舞われたことから病に倒れて亡くなった、との伝承に基づいて始まったという。 梅の花にちなむ薄紅(ハネズ)色の小袖をまとい、編み笠に紅梅の枝を飾った地元の女児十六人が小町と少将に別れて「少将さまがござる、深草からでござる」と百夜通いの悲恋の伝説を、わらべ歌を唄いながら雅楽に合わせ、あでやかに優雅な舞いを披露し、観客を魅了する。
公 演 午前十一時 : 午後十二時半: 午後一時半 : 午後三時(四回)
拝観料・梅園入場料 千円、 中学生 八百円
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2018年 3月 23日(金)
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★江戸後期の松江藩主で大名茶人の松平不昧(ふまい)が最晩年に建てた茶室を復元した「新生大圓庵席披(だいえんあんせきびら)き茶会」が二十三日、北区の大徳寺孤篷庵(こほうあん)で開かれた。
僧侶や寄進者らが、不昧が趣向を凝らした空間を思い、一碗を楽しんだ。
不昧は江戸前期の大名茶人小堀遠州を崇敬し、遠州ゆかりの孤篷庵を再建。その際、自らの菩提所(ぼだいしょ)として同庵西側に大圓庵を構えた。一八一七年に席披きの茶会を開いたが翌年亡くなり、大圓庵はその後失火で焼失した。
節目の年に合わせ、孤篷庵の小堀亮敬住職が茶室の復元を計画。有志に呼び掛け、古図をもとに遠州が植えたと伝わるヒノキなども建材にして昨春再建したが、前住職が亡くなり、披露を1年延期していた。
この日は、不昧と同庵中興開祖の寰海(かんかい)和尚の二百年忌の法要の後、茶会を催した。中柱があったり、点前座の天井に鏡板を張るなど独特の工夫が凝らされた明るい広間には、不昧が愛蔵した雪舟の円相の掛け軸が掛けられ、ゆかりの茶道具で濃茶が供された。
茶会は二十四日も行われ、二日間で約一六〇人が列席する。
2018 年 3 月 24日(土)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
★京の春、桜の季節から新緑にかけての観光名物。
琵琶湖疎水で明治時代に物資や旅客の輸送に活躍していた木造和舟の再現で運航する「岡崎さくら・わかば回廊十石舟めぐり」が、咲き始めたサクラの下、琵琶湖疏水をゆらりと三月二十四日から五月六日まで毎日、琵琶湖疎水記念館前から動物園畔を夷川ダムまでの一.五㌔を往復、約三十分間の船旅を、船上で両岸に並ぶ約四百本のソメイヨシノを見上げ、ピンクに色づく三分咲きのサクラに見とれながら、当時の面影が残る疎水べりの景色をゆったりと楽しみながら、京の春の風情が満喫できます。午前九時半から午後四時半まで十五分ごとに約二十九便運航。
定員は一回につき十二人と二十四人乗りの舟が巡行する。(予約や時間指定は出来ず、当日乗船場で先着順に乗船券が発売される)。
大人(高校生以上)千円:小人(小・中学生)五百円
※この辺り一帯は、この時季桜花爛漫・春色満開と京都でも屈指のサクラの名所で、ソメイヨシノ約一千本が咲き誇り、疎水畔の散策では水路からも陸路からも壮観で、素晴らしい光景です。
場所によっては手が届く近さまでせり出して、情緒ある光景を楽しめる。
京都府旅行業協同組合や市などでつくる実行委員会が毎年実施。琵琶湖疏水記念館前から夷川ダムまでの桜約四〇〇本を照らし、二十五分かけて往復する。
十石舟の夜桜運航は今年で八回目。
三月二十四日~五月六日の午後六時~八時半。
夜間運航は四月七日まで、昼間は五月六日まで。