"おいない"の京都最新情報
2018年 8月 1日(水)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
世界遺産・二条城で、旧暦の七夕に合わせたライトアップイベントが八月一日から始まるのを前に、内覧会が開かれた。「妖怪」をテーマに、国宝二の丸御殿に映像を投影するプロジェクションマッピングなどがあり、幽玄な夏の夜を演出した。
市内一円で行われる観光イベント「京の七夕」(一~十六日)の一環で、市などが企画した。二の丸庭園(特別名勝)や唐門(重要文化財)、東大手門(同)などを涼しげな青色の照明を中心に約三三〇基で幻想的に彩る。
ライトアップは十五日まで。午後七時~九時半。入城料が必要。琴の生演奏や京都の特産品の販売などもある。
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
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2018年 7月 24日(火)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
出船祭は智恩寺の海上安全祈願祭。文殊菩薩が中国の五台山から天橋立の九世(くせ)の戸(文珠)に迎えられ、地上で暴れ回る悪龍を千年の説法で善龍へと改心させた伝説「九世戸縁起」を再現する。
本堂で文殊菩薩を供養する「文殊会(え)」が営まれた後、午後八時すぎ、金と銀の悪龍二頭が荒々しく体をくねらせながら登場。太鼓や笛の音色に包まれる中、文珠水道に設けられた海上舞台に巫女姿の文殊菩薩が船に乗って現れ、優美な踊りを披露し悪龍を鎮めた。
約五〇〇発の打ち上げ花火や海面に浮かぶ灯籠(とうろう)も祭りムードを演出し、見物客らは幻想の世界に浸っていた。
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
同神社の舞殿に会員四十六人が上り、「ハーヨーイヨイ」の掛け声とともにオリジナルの「清音」など十六曲を披露した。参拝者らは足を止め、華やかですがすがしい音色に聞き入った。
同会は祇園祭への参加を目指して一九九六年に発足。一〇~七〇代の六十二人が在籍して練習に取り組んでいる。
京都の祇園とゆかりの深い八坂神社(同町亀島)の祭礼で、江戸時代に始まったとされる。豊漁の年などには豪華な船屋台が登場することから「海の祇園祭」とも呼ばれる。今年は台風の影響もあり、平田地区の祭礼船は湾内での巡行を見合わせた。
午後〇時半ごろ、亀島地区の祭礼船と神楽船が対岸の八坂神社に向けて湾をゆっくりと横断。船上では子どもらによる太刀振りや囃子(はやし)が披露された。
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
夏越祭は八坂神社の祭神素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、疫神社の祭神、蘇民(そみん)将来のもてなしに対する返礼として、「蘇民将来子孫也」の護符を持つ者を疫病から守ると約束した言い伝えにちなむ。
午前十時前、神社の氏子組織や山鉾、神輿(みこし)の関係者が参列して始まった。八坂神社の宮司は「多くの方の支援で祇園祭を終えることができた」とあいさつした。
約三〇分の神事の後、雅楽の演奏と神事の祝詞を読み上げる声が響き渡る中、参列者が順次、参拝した。参列者は直径約二メートルの茅の輪をくぐり、社殿に手を合わせた後、長さ約一・五メートルのカヤを持ち帰っていた。
"おいない"の京都最新情報
2018年 7月 22日(日)
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
北観音山(新町通六角下ル)では、訪れた人たちが響き渡る囃子方の演奏に聞き入りカメラやスマートフォンを向けてその様子を写真に収めていた。
近くの八幡山(新町通三条下ル)では浴衣姿の子どもたちが「あすは出ません、今晩限り」と独特の節回しで歌い、ろうそくの献灯や授与品購入を勧めていた。町内の家々の窓際には代々伝わる美術品や屏風(びょうぶ)が置かれ、見物客が目を凝らして見入っていた。
二十三日の人出は昨年より約一万人少ない約一万人(午後九時半現在、
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
午前九時半、弁慶と牛若丸のご神体人形を載せた「くじ取らず」の橋弁慶山が中京区御池通烏丸を出発した。さらに真松を揺らしながら曳山(ひきやま)の北観音山が進み、その後には今年「山一番」を引き当てた黒主山が続いた。
市役所前のくじ改めでは、各山鉾の代表者が扇子だけで箱のひもを解き、くじ札を奉行役の京都市長に示した。手で直接ひもを触れない鮮やかな動きに、観衆からは拍手と歓声が沸き起こった。
夜には神輿(みこし)が八坂神社に戻る還幸祭がある。
黒主山は、先頭の橋弁慶山、北観音山に続く「山一番」を五年ぶりに務めた。山の上でひときわ目立つ造花のしだれ桜は、今年で見納めとなる。満開の桜を揺らしながら、保存会役員やかき手たちは大通りを歩いた。
山のトレードマークである桜は、桜の木に枝付きの造花を巻き付けて作っている。来年からは新たに、ご神体である歌人の大伴黒主が仰ぎ見たとされる山桜の造花がお目見えする予定で、五年前の山一番でデビューを飾った現在のしだれ桜は、この巡行で引退となった。遠目にも鮮やかなしだれ桜を、たくさんの人が見上げていた。
酷暑が続く中、黒主山保存会は熱中症予防のため、例年全行程を歩く子どもたちの参加を、くじ改めまでに切り上げた。保存会の代表理事は「みんな無事に帰ってきてほっとした」と言い「桜が新しくなる来年も力合わせて頑張りたい」と意気込んだ。
"おいない"の京都最新情報
2018年 7月 22日(日)
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
北観音山(新町通六角下ル)では、訪れた人たちが響き渡る囃子方の演奏に聞き入りカメラやスマートフォンを向けてその様子を写真に収めていた。
近くの八幡山(新町通三条下ル)では浴衣姿の子どもたちが「あすは出ません、今晩限り」と独特の節回しで歌い、ろうそくの献灯や授与品購入を勧めていた。町内の家々の窓際には代々伝わる美術品や屏風(びょうぶ)が置かれ、見物客が目を凝らして見入っていた。
二十三日の人出は昨年より約一万人少ない約一万人(午後九時半現在、
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
午前九時半、弁慶と牛若丸のご神体人形を載せた「くじ取らず」の橋弁慶山が中京区御池通烏丸を出発した。さらに真松を揺らしながら曳山(ひきやま)の北観音山が進み、その後には今年「山一番」を引き当てた黒主山が続いた。
市役所前のくじ改めでは、各山鉾の代表者が扇子だけで箱のひもを解き、くじ札を奉行役の京都市長に示した。手で直接ひもを触れない鮮やかな動きに、観衆からは拍手と歓声が沸き起こった。
夜には神輿(みこし)が八坂神社に戻る還幸祭がある。
黒主山は、先頭の橋弁慶山、北観音山に続く「山一番」を五年ぶりに務めた。山の上でひときわ目立つ造花のしだれ桜は、今年で見納めとなる。満開の桜を揺らしながら、保存会役員やかき手たちは大通りを歩いた。
山のトレードマークである桜は、桜の木に枝付きの造花を巻き付けて作っている。来年からは新たに、ご神体である歌人の大伴黒主が仰ぎ見たとされる山桜の造花がお目見えする予定で、五年前の山一番でデビューを飾った現在のしだれ桜は、この巡行で引退となった。遠目にも鮮やかなしだれ桜を、たくさんの人が見上げていた。
酷暑が続く中、黒主山保存会は熱中症予防のため、例年全行程を歩く子どもたちの参加を、くじ改めまでに切り上げた。保存会の代表理事は「みんな無事に帰ってきてほっとした」と言い「桜が新しくなる来年も力合わせて頑張りたい」と意気込んだ。
"おいない"の京都最新情報
2018年 7月20日(金)
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
★祇園祭後祭(あとまつり)の山鉾巡行(二十四日)を前に、組み上がって懸装(けそう)品を飾り付けた山や鉾を試しに動かす「曳初(ひきぞ)め」が二十日、中心部の山鉾町であった。酷暑のまちなかで大勢の市民らが汗を流しながら綱を手にした。
炎暑真っただ中の午後三時、北観音山(新町通六角下ル)では、音頭取りの「エンヤラヤー」の掛け声とともに参加者が綱を引いた。祇園囃子(ばやし)が奏でられる中、山はゆっくりと動きだし、新町通の錦小路と三条通の間を往復した。
この日は、南観音山や大船鉾などでも曳初めが行われた。
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
★清らかな水に足をつけて無病息災を願う「御手洗(みたらし)祭」が二〇日、左京区の下鴨神社で始まった。厳しい日差しが照りつける中、参拝者が御手洗池に入り、涼を感じながらろうそくで献灯した。
同行事は平安時代の貴族が夏の疫病やけがれをはらったのが始まりとされる。「足つけ神事」と呼ばれ、毎年土用の丑(うし)の日のころに行われる。
厳しい暑さが続き、朝から気温が上昇。午前十一時には気温が三十四・五度に達したが、午前中から多くの人たちが訪れた。参拝者はひんやりとした水に素足を浸して池の中を歩き、ろうそくを置いて手を合わせた。
二十九日まで。午前九時~午後九時。
★キュウリを使って健康を祈る「きゅうり封じ」が二十日、北区の神光院であり、参拝者が病気平癒と無病息災を願った。願いを書いた札をキュウリに差し込んで祈祷し、患部をそのキュウリでさすってから土に埋めると、土に返るころには病気が治っているという信仰。弘法大師が中国から伝えたとされる。
神光院では、毎年、土用の丑の日に合わせて行われており、この日は千本が用意された。参拝者は祈祷を受けながら、名前入りの半紙に包まれたキュウリの山を前に、真剣な表情で手を合せていた。
★右京区鳴滝・三宝寺で土用の丑の日(今年は二十〇日)に行われる夏越行事「炮烙(ほうろく)灸祈祷」がある。
最も暑いこの時期に行う日蓮宗に伝わる独特の秘法で、頭痛など諸病を封じるといわれている。
住職が祈祷する中、呪文を書いた直径二十㌢の土製の焙烙を頭の上にのせ、もぐさをのせて僧侶にお灸をすえてもらう。
そして木剣で九字を切られると平癒するというもの。一年で最も暑いとされる土用の丑の日に行われる日蓮宗の祈祷で、暑気払い、中風封じに効くと言われていますが、今では、祈とうが頭の魔を封じることから、学力向上を願い受験の合格祈願に訪れる母子が増えているそうです。
一九四二年から始めた。毎年、全国から大勢の人が訪れる。
★左京区・妙雲院で「土用の丑」の二十日、頭にかぶせた直径二十㌢の素焼の皿「炮烙」の上でもぐさを燃やす「炮烙呪灸」が、早朝から信徒や市民が次々と訪れ、健康増進を願った。住職が法華経を唱え、本堂が煙に包まれる中、頭上の熱さをグッとこらえていた。
お灸の熱で頭のツボを居激すると、夏バテや頭痛に効くといわれており、妙雲院は「耐熱修業」として、一九四三年から始めた。
住職の祈祷の後、一人一人の頭の上に健康祈願の呪文を記した炮烙を置き、もぐさに火を付けて、火が消えるまで、じっと暑さに耐えていた。
"おいない"の京都最新情報
2018年 7月 17日(火)
午後六時すぎ、神社石段下に中御座、東御座、西御座の三基の神輿がそろい、神職のおはらいを受けた。輿丁たちが神輿を高く掲げる「差し上げ」や、回転させる「差し回し」を行うと祭りのムードは最高潮に達した。
沿道には多くの見物客が集まり、掛け声に合わせて手拍子をしたり、勇壮な男たちの姿を写真に収めたりしていた。
神輿は順次出発し、三条大橋や寺町通などを進み、十七日深夜までに四条御旅所(四条通寺町東入ル)に着いた。三基は二十四日の還幸祭で八坂神社に戻る。
先頭の長刀鉾は午前九時に四条烏丸交差点を出発する。四条麸屋町で稚児が「注連縄(しめなわ)切り」を行い、山一番の占出山が続く。巡行順を確認する「くじ改め」は四条堺町、鉾や曳山(ひきやま)が豪快に進行方向を変える「辻回し」は四条河原町、河原町御池と御池新町で見られる。
夕方からは神幸祭があり、三基の神輿(みこし)が東山区の八坂神社を出発する。午後六時半ごろに石段下で「差し上げ」をした後、氏子地域を練って四条通寺町の御旅所に向かう。
山鉾巡行に囃される祗園囃子は各鉾によってその曲はそれぞれ異なる。
「渡り囃子」などと呼ばれる優雅で荘厳な奉納曲を奏で、四条通を進んできた山鉾は、四条河原町での交差点での見せ場、方向転換する「辻回し」で車輪を横滑りさせて、三回に分けて向きを変える時、辻回しの曲のテンポを次第に早め、辻回しの角度に合わせて、囃子が徐々に盛り上がる「唐子」が醍醐味。
河原町通で北を向くと囃子の曲調が一転して賑やかな「戻り囃子」に切り替わり、祭りを楽しむ開放感と活気がみなぎる。
終盤、地元鉾町に近づくと鉦や笛、太鼓の音色が一体となり、囃子は頂点に達する。各鉾とも奉納曲はいくつも用意されている
※午前九時にスタートして約二.八㌔の巡行コースを約三時間半かけて祭礼絵巻が繰り広げられる。
午後六時すぎ、神社石段下に中御座、東御座、西御座の三基の神輿がそろい、神職のおはらいを受けた。輿丁たちが神輿を高く掲げる「差し上げ」や、回転させる「差し回し」を行うと祭りのムードは最高潮に達した。
沿道には多くの見物客が集まり、掛け声に合わせて手拍子をしたり、勇壮な男たちの姿を写真に収めたりしていた。
神輿は順次出発し、三条大橋や寺町通などを進み、十七日深夜までに四条御旅所(四条通寺町東入ル)に着いた。三基は二十四日の還幸祭で八坂神社に戻る。
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[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
[ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]
山や鉾、露店が立ち並ぶ四条通室町の「鉾の辻」近辺や新町通周辺では夜の深まりとともに多くの人が詰めかけて狭い通りが混み合った。授与品が並ぶ各山鉾町では売り子の子どもたちが「常は出ません、今晩限り」「ちまきどうどすか」と道行く人に元気に呼びかけていた。