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"おいない"の京都最新情報

 [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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西京区嵐山・法輪寺の鎮守社の電電宮で五月二十三日、電気と電波をつかさどる神様が祀られており、神を拝む「電電宮大祭」が営まれた。
平安時代に空から明星が降り注いだという故事に由来する「電電明神」が祭られ、全国の電機関連企業の信仰を集め、業界の発展と安全を祈願する祭典です
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★一八六二年の伏見・寺田屋騒動で亡くなった「薩摩九烈士」をしのぶ追慕会が五月二十三日、伏見区の大黒寺で開かれる。
大阪の古武術・武器研究家が所蔵する九烈士の一人、橋口壮助の鉄扇や、箱に「直弼公天誅の短筒」と記され、一八六〇年に起きた桜田門外の変井伊直弼を狙撃したと伝わる拳銃も、この日のみ同寺で展示される。
寺田屋騒動は、公武合体運動に反対する尊皇派藩士たちが藩の送った説得の使者と争い死傷した事件。大黒寺は薩摩藩にゆかりが深く、事件で死亡・切腹した尊皇派九人の墓が建立されている。
追慕会は京都鹿児島県人会が主催。九烈士や、木曽川治水に尽力した薩摩藩家老平田靭負らの墓参りを行う。式典に続き、境内では、薩摩藩の武術を継承する剣術や弓術を披露し、木刀を持った薩摩日置(へき)流の演武や槍の付いた独特の弓矢による実演で在りし日の藩士を偲んでいた。
 

"おいない"の京都最新情報

[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
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 浄土真宗本願寺派の宗祖親鸞の誕生を祝う、毎年恒例の降誕会(え)が二十一日、下京区の同派本山・西本願寺で営まれた。
重要文化財の南能舞台では祝賀能が上演され、一二〇〇人を楽しませた。
本願寺と能は室町時代本願寺八世蓮如のころから関係があるといい、十九世紀後半からは祝賀能が恒例となった。
世襲制門主の代替わりを祝う「伝灯奉告法要」が営まれていることから、父子をテーマにした演目となった。冒頭、現在では西本願寺でしか見られないという「お能始めませい」との「触れ」から始まった。観世流シテ方の片山九郎右衛門さんらが出演。優雅な天女の舞と山神の激しい舞いがある世阿弥作「養老」や、文殊菩薩の使いである獅子が変化に富んだ華麗な舞いを披露する「石橋(しゃっきょう)」などが披露された。観客たちは、日本最大級の屋外能舞台で演じられる能に見入っていた。
また、親鸞の木像を安置する御影(ごえい)堂で法要が営まれ、境内南側にある唐門が三十四年ぶりに開かれた。
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 [葵 祭 シ リ ー ズ]
 
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 葵祭を締めくくる小川流煎茶献茶祭が二十一日、左京区下鴨神社で行われた。七代家元を継承した小川後楽さんが、心を込めた一煎をいれ、神前にささげた。
祭の無事を奉告する恒例の行事。昨秋、六代家元が亡くなったことを受け、今年は神前に、家元襲名も合わせて奉告した。
神事に続き、本殿前の舞殿で新家元が厳かにお手前に臨んだ。流祖伝来の本格手前で二碗に静かに茶を注ぎ、東西の二神に献じた。
献茶式後、境内の供御所(くごしょ)に設けられた本格手前の茶席では、歴代家元の遺愛の品などで列席者をもてなした。直会(なおらい)殿にも文人手前席が設けられ、汗ばむ陽気の中、訪れた約三〇〇人は、趣向の違いとともに、喉を潤す煎茶の清味を味わっていた。

"おいない"の京都最新情報

【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】     

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 ★財運の神様として知られる、下京区高辻通室町西入ルの繁昌(はんじょう)神社神社の神幸祭が二十日、営まれた。
今年は七十六年ぶりに男衆の手によって神輿が担がれ、賑やかな掛け声とともに地域を練り歩いた。第二次世界大戦の影響で途絶えていた同祭の神輿巡行が、祭りをさらに盛り上げようと氏子らが企画した。
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  湯立神楽は、巫女(みこ)が釜の湯をササの葉で振りまき、無病息災を願う神事。神社には一九四一年の記録が残っているが、以降は神輿巡行とともに途絶えた。氏子らが、長く蔵に眠っていた湯立釜に光を当てることを企画し、知人の巫女に依頼して神楽を再興する。
当日は巫女が湯立ての後に舞を披露する。湯のしぶきを浴びると厄よけの効果があるという。湯立神楽は午前十時開始。午後一時からは神輿の巡行があり、堤灯や太刀を携えた隊列が綾小路、室町、松原、新町通に囲まれた地域を練り歩く。
 
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 ★国内外から煎茶道の諸流派が集う「第六十二回全国煎茶道大会」が二十日、宇治市五ケ庄の黄檗宗大本山・万福寺で始まった。
境内各所に各家元の茶席が設けられ、今年は「お茶の京都博」の一環でカウンターで煎茶や玉露を味わう「宇治茶BAR」も初めて催された。訪れた市民らは晴天の下、新緑をめでながら茶を味わった。 
同寺は、煎茶中興の祖と伝わる江戸期の黄檗宗僧侶・売茶翁(ばいさおう)とゆかりが深く、寺に事務局を置く全日本煎茶道連盟が毎年開いている。今年は、国内二十流派と台湾の二団体が茶席を設ける。
 
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 平安時代の船遊びを再現する車折神社右京区)の三船祭が二十一日、渡月橋上流の大堰(おおい)川で営まれた。新たに清少納言役の女性も登場し、新緑に包まれる川面に優雅な王朝絵巻の世界が広がった。
八九八年に宇多上皇大堰川で船遊びをした故事にちなみ、一九二八年祭りの復活を望む地域住民らの声を受け、地元の商店や観光関係者が今年二月に「三船祭保存会」を発足した。より多くの人に祭りを楽しんでもらおうと清少納言役の女性を地元から公募し、華やかさを増して再出発を果たした。
時代装束姿の参加者は、府立嵐山公園中ノ島地区から十二単(ひとえ)に身を包んだ清少納言役の舞台女優、千葉吉美さんを先頭に行列をつくり川岸に到着。神事の後、午後二時に千葉さんや神職らが乗る御座船を先頭に、計七隻の船が川に進んだ。
供奉船からは舞楽や今様歌が奉納され、清少納言役の千葉さんはきらびやかな扇を流す「扇流し」を披露した。両岸は大勢の観光客で埋め尽くされ、みやびな光景を見入っていた。

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 右京区愛宕・野宮両神社の祭礼「嵯峨祭」が五月二十一日の神幸祭で神輿が嵯峨釈迦堂前の御旅所まで巡行します。
嵯峨祭は室町時代から続き、神仏習合の名残をとどめている大覚寺の祭りとして始まったとされ、古くは約六百余年前の貴族の日記に登場し、元禄四年には、松尾芭蕉が落柿舎に滞在中この嵯峨祭を楽しんだという記録が嵯峨日記にあります。現在は地域の祭だが愛宕神社野宮神社を祭神として行われる。また、江戸時代まで二基のみこしを所有していた大覚寺に巡行し、祈願を受けている。
愛宕神社みこしが一八一〇(文化十)年、野宮神社みこしが一七三七(元文二)年の製作で、前回の修復が一八四四(天保十五)で両みこし共、痛みが激しく老朽化したので修復された。
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 還幸祭は二十四日、嵯峨・嵐山一帯で繰り広げられる
午前中に御旅所出発後、嵯峨の町内を一巡。午後に嵐山出発。稚児行列、子供神輿剣鉾巡行。随行、愛宕神輿、野宮神輿、神酒車などが巡行。
大行列や長さ約五メートル重さ四十キロ近い、剣鉾を持った男衆が鉾上部の鈴を鳴らしながら勇壮な剣鉾差しが披露され、その後を二基の神輿が北嵯峨から渡月橋至る初夏の嵯峨野路を練り歩き、こちらも盛大です。
 
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 東山区三十三間堂廻り養源院は、文禄三年(一五九四)淀君が父の菩提を弔うため秀吉に願い建立しました。
商売繁盛、無病息災、家内安全の御利益があるとされる養源院の大般若経会は、一月、五月、九月、の二十一日に行われる恒例行事です。

一切は空であるとの思想を説く仏教の諸経典を集成した大般若経全六〇〇巻を御宝前で導師と出仕の僧四人で転読します。
当日の参拝者には御札の授与があり、御供養が配られます。
    [京 の 季 節 の 花 だ よ り]
 
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 ヤマアジサイの変種「アマチャ」が植わる建仁寺塔頭・霊源院(東山区)で二十日、庭園「甘露庭」の特別公開が始まった。咲き始めたばかりのかれんな花が、新緑の古刹(こさつ)に彩りを添えている。
アマチャは釈迦の生誕を祝う仏教行事「花祭り」で仏像に注ぎ掛ける「甘茶」の原料。釈迦の一生を凝縮した甘露庭は菩提(ぼだい)樹や沙羅双樹(さらそうじゅ)などとともにゆかりの深いアマチャ約二五〇株が植わり、一昨年から開花に合わせて公開を始めた。
今年はアマチャの開花が遅く、現在は一部で青や白の小さな花が咲いている。寺では建仁寺の開祖・栄西や霊源院を開いた龍山徳見にちなんで、両者が日本に伝えたとされる茶とまんじゅうを提供する席も設け、訪れた人は甘味を堪能しながら庭園を眺めていた。
特別公開は六月十八日まで。五月二十八日にはホタルを放ち、午後八時から夜間拝観を行う。拝観料五〇〇円。
 
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"おいない"の京都最新情報

   【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

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 下京区浄土真宗本願寺派本山・西本願寺で、宗祖親鸞の生誕を祝う「親鸞聖人降誕会」が、親鸞が生まれた一一七三(承安三)年四月一日新暦に置き換え、毎年五月二十日と二十一日に親鸞を偲んで法要や能、雅楽などが営なまれている。
降誕会は、親鸞が生まれたとされる伏見区日野で江戸時代から行われていた。
親鸞を祝い、慶祝行事が催され祝賀能があり、観世流の能、大蔵流狂言が豪華な欄間彫刻や障壁画で知られる対面所では、南側に隣接する重要文化財の南能舞台で演じられ、門信徒約一千人が能と狂言を堪能し、魅了した。
祝賀能は歴代門主が能を好み、法要の行事としてきたことにちなみ明治以降、京都観世会が奉仕している

阿弥陀堂では、雅楽を演奏して祝った。
色とりどりの装束で笙や篳篥を奏で、お堂は厳粛な雰囲気に包まれた。
懇志五千円以上で鑑賞券・飛雲閣での御抹茶の御茶席は閣内に入れる年に一度の機会で、薮内流社中が抹茶を接待する。

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 ★国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けている京都府南丹市美山町北の「かやぶきの里」で五月二十日、地域の防火施設点検のため、放水銃の一斉放水訓練が行われ、サイレンの合図で、今回点検対象とした五十六基の放水銃が勢いよく水柱を噴きだし、集落全体がたちまちシャワーに覆われ、約五分間の放水で、水煙にかやぶき民家は水のカーテンに包まれたかやぶきの里は、一九九三年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。現在、三十八棟のかやぶきの家があり、今では里の風物詩として知られ、全国から大勢の写真愛好家や観光客が訪れ、新緑の彩りを深めた集落を包むシャワーの競演を盛んにカメラに収めていた。例年午前中に行っていたが今年は午後一時半から。
二〇〇〇年五月二十日未明にかやぶきの美山民俗資料館が焼失し、その後、放水銃六十二基を整備し、毎年火災のあった五月と十一月に施設の点検と、防火の誓いを兼ねて一斉放水を実施している。最近では観光名物にもなっている。
 
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         [京 の 季 節 の 花 だ よ り
 
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 左京区古知平町の阿弥陀寺で、谷あいの湿地に生えるクリンソウが、見頃を迎えている。
濃いピンクや白、黄色に混じってオレンジ色や薄いピンクのものもある。クリンソウは二〇一五年の府のレッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されているサクラソウ科の山野草。もともとは山に自生していたのを、寺が三十年前から境内で株分けしながら育てている。今年は四月末ごろから開花し始めた。現在は二〇〇株が競うように咲き、新緑と色鮮やかな花の対比がすがすがしい。

拝観は午前九時~午後四時。拝観料 四〇〇円が必要。

 

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      【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

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上京区上御霊神社は、約四〇〇年前に天皇から寄進された牛車が十八日の御霊祭で、三基の神輿を先導して京都御苑内を巡行する。
神輿渡御の儀。

貞観五年の御霊会が起源であり、都で最古の祭礼といわれています。
御苑の北側にある上御霊神社は皇室との関係が深く、東京遷都直後の一八七〇年ごろまは神輿が京都御所へ渡御したと伝わる。
伝統的な祭りの姿を取り戻そうと、二〇〇九年に神輿の御苑巡行を復活させたが、牛車は今出川御門で待機していた。今年は神幸列の全員と牛車も加わり、平安装束の氏子、神職や担ぎ手など約五〇〇人とともに今出川御門から入る。神輿三基は京都御所北側の朔平(さくへい)門の前で並び、そろって担ぎ上げる。みこしの行列は〇時半に神社を出発し北区一帯を五時間近くかけて練り歩きます。
牛車は一六〇〇年ごろに後陽成天皇から寄進されたとされる。巡行では、道案内の神といわれる猿田彦大神の神体を載せる。

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伏見区御香宮神社では五月十八日、江戸時代、伏見奉行の圧政に対し直訴で人々を救った七人をたたえる「伏見義民祭」が行われた。
一七八五年(天明五)、伏見の刃物鍛冶文殊九助や農家の丸屋九兵衛ら町人七人は、当時の伏見奉行小堀政方の悪政を幕府に直訴。小堀政方は罷免されたが、七人も取り調べ中、獄死や客死した。
この先人をしのぶ祭は、毎年開いており、今年で二百二十六回目。
神社境内に立つ石碑前で行われた祭では、神職の祭詞や詩吟の奉納に続き、子孫の参列者が玉串をささげた。

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     【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】   
 
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下京区高辻通室町西入ルの繁昌(はんじょう)神社は十七日に開催する例大祭「繁昌祭」で、「湯立(ゆたて)神楽」を行う。
戦時中に途絶えた同祭の神輿巡行が一昨年再開したのに続き、祭りをさらに盛り上げようと氏子らが企画した。
湯立神楽は、巫女(みこ)が釜の湯をササの葉で振りまき、無病息災を願う神事。神社には一九四一年の記録が残っているが、以降は神輿巡行とともに途絶えた。氏子らが、長く蔵に眠っていた湯立釜に光を当てることを企画し、知人の巫女に依頼して神楽を再興する。
当日は巫女が湯立ての後に舞を披露する。湯のしぶきを浴びると厄よけの効果があるという。湯立神楽は午前十時開始。午後一時からは神輿の巡行があり、堤灯や太刀を携えた隊列が綾小路、室町、松原、新町通に囲まれた地域を練り歩く。
   
  【葵 祭シリーズ】
 
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葵祭を締めくくる行事。

午前の神事の後、本殿の御籍舎で家元が濃茶・薄茶を点てて本殿に供えます。
表千家裏千家一年交代にて、(今年は表千家)御神前に献茶する神事です。

                                         当日境内にてお茶席有り(有料)。

 
 

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   【葵 祭 シリーズ】 
 
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京都三大祭のトップを飾る葵祭が華やかに古都・京都で繰り広げられる。葵祭は凶作が続いた六世紀に五穀豊穣と国家安泰を祈願したのが起源とされる。行列は下鴨神社上賀茂神社天皇が勅使を送った様子を今に伝える。
平安の世にいざなう典麗優雅な葵祭の見どころは、平安貴族の衣装に身を包んだ人々が巡行する「路頭の儀」で、行列(路頭の儀)は総勢五百名、勅使をはじめ倹非違使、内蔵使山城使、馬三十六頭、牛四頭、牛車二基、風流傘、斉王など、平安貴族そのままの姿で約一キロにも及び、優雅な行列は全長八キロ市内を練り歩き、御所を出発して下鴨神社で「社頭の儀」を終え、賀茂街道を北上して上賀茂神社での「社頭の儀」が終了するのは夕暮れになります。
 
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【本 列・第 一 列】 
検非
違使・・・都の治安維持にあたった検非違使庁の役人。現在の警察官と裁判官を兼ねていました。
山城使・・・中央から山城国の地方行政を任された国司庁の次官(山城介)で、五位の文官。
【本 列・第 二 列】
御幣櫃・・・宮中から賀茂両社へ納める御幣物(お供え)を入れた唐櫃のこと。 白丁が担いで運びます。
馬寮使・・・走馬(御馬ともいう)の担当者である左馬寮の第三番目の役(左馬充)。六位の武官。
牛 車・・・勅使用の牛車で、一般に御所車という。現在は勅使が乗らず、行列の華として参加。軒を藤の花などで飾った壮麗な車です。
【本 列・第 三 列】
舞 人・・・神事などで奏される歌舞「東遊」を舞う、近衛府(内裏の警護などにあたった役所)の五位の武官。
勅 使・・・天皇の使いで、行列中最高位。四位近衛中将が任にあたったため、近衛使とも呼びます。現在は勅使は行列には加わらず、近衛使代が役を務めます。
【本 列・第 四 列】
陪 従・・・楽人装束を身にまとった近衛府の五位の武官。賀茂両社の社頭で歌をうたい、雅楽を奏します。
内蔵使・・・皇室の経済などを司った内蔵寮の次官で、五位の文武兼官。勅使が奏上するお祭文を棒持しています。
【斎 王 代 列】
斎王代・・・葵祭のヒロイン。衣装は十二単衣で、頭に金属製の飾り物・心葉を着用。
行列では、四方が開いた腰輿に乗って巡行します。
女 人・・・一般女官にあたる命婦、食事を司る女嬬、斎王付きの巫女である駒女と、「房車」と呼ばれる斎王の牛車などで構成される。

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