"おいない"の京都最新情報

2019年 1月 21日(月)


    【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
 
東寺:「初弘法」2019年
 
★南区・東寺は延暦十三年(七九四)の平安遷都の時に羅城門の東に開創して、西の西寺(現在は廃寺)とともに平安京の二大官寺の一つとされた。
弘仁十四年(八二三)に嵯峨天皇弘法大師空海に下賜されて、真言密教の道場とされた。三月二十一日に没した弘法大師空海遺徳を偲び、毎月命日の二十一日に大師堂で御影供法要が営まれる。
参拝者は金堂や大師堂にお参りし、線香の煙を体に擦りつけて無病息災を祈った後、この日、境内一円に約千数百軒の種々雑多の露店が立ち並ぶ「弘法さん」として知られる市が開かれ、東大門から九条大路に面した南大門にかけては植木市、大門を入ると古道具類、金堂や大師堂周辺では食べ物や生活用品など、ジャンル別に並んでいます。
その一年最初の縁日を「初弘法」と呼び、弘法大師空海の命日にちなむ毎月二十一日の「縁日」の中でも、年末の終(しま)い弘法と並んで多くの人でにぎわう。
金堂や大師堂では、参拝者が手を合わせて無病息災などを祈っていた。
 
★京の三弘法めぐり
弘法大師ゆかりの三ヶ寺を、弘法さんの命日である二十一日に巡る習わし東寺では初弘法、神光院では、大師が厄除け修行をしたという境内で山伏による大護摩焚きと火渡りが行われ、仁和寺では三弘法めぐりの納めとして、裏山の御室八十八ヶ所霊場をめぐりま
す。.
     2019年 1月22日(火)
       【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
 
「京都16社朱印めぐり」(解)
 
★京都十六社朱印めぐり
市内十六社を年頭に新しい年もいい年でありますようにと・・・そんな願いを込めて参拝することで、一年間のあらゆる御利益が得られるそうです。 二月二十五日まで。

熊野 若王子神社    学業成就・商売繁盛
熊野神社            縁結び・安産・病気平癒
熊野神社          健康長寿・病魔退散 特にお腹守護     (能楽隆昌 発端の地)
藤森神社            勝運と馬の神様
市比賣神社          女人禁制 (京都唯一)
わら天神            安産 (厄除・家内安全)
今宮神社            健康長寿・良縁開運
粟田神社            旅立ち守護・厄除
六孫王神社          出世開運・家運隆昌の守護神
上御霊神社          厄除・学業成就 (鎮霊の社)
岡崎神社            子授け・安産・厄除
西院 春日神社        病気厄除 (厄除・病気平癒・          交通旅行安全)
御香宮             安産・厄除・病気平癒
吉祥院天満宮        受験合格・開運招福 (ちえと能力開発の神様)
豊国神社            出世開運・厄除招福・良縁成就・商売繁盛
長岡天満宮          合格祈願・厄除開運 (学問の神様)
※ 期間中全ての朱印を受けると記念の干支置物がいただけます。

 

「京都十六社朱印めぐり」
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"おいない"の京都最新情報

2019年日 1月 20日(日)


    【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
   
 
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伏見区・城南宮で一年で寒さが最も厳しいとされる「大寒」の一月二十日、恒例の釜の湯をササの葉で散らして無病息災を祈る「湯立神楽」が営まれる。
年頭の恒例行事で、一八二三年「文政六年」の銘がある直径約七〇㌢の大釜が置かれ、「天から下された」とされる水を湯立てて行われる。
江戸時代中期の元禄年間の大釜も残っており、神事は、少なくともそのころから行われていたと言われる
拝殿では祓神楽、灼取りの儀、御幣舞、笹舞を四人の巫女が笛や太鼓の音色に合わせ、扇や鈴を手にのびやかな神楽を披露、悪霊退散、無病息災,願望成就を祈る.
続いて本殿前で、別の巫女一人が釜を塩で清め、湯気を立てる釜に米や神酒を注いだあと、両手に持った笹の束を湯に浸し、左右に勢いよく振りまいた。
周囲の参拝者は頭を垂れて無病息災へ沸き立つ願いを込めて湯がかかるのを待ち受けた。湯立が終わると、神事で用いた笹を持ち帰る人の列ができた
 
   ★京の骨正月
京都の一部地区でこの日を骨正月と呼んでいます。昔は、お商売をしている家では年末に食料を買いだめしておき、注連(しめ)のうちは商いを休みました。その休みの間、鮭や鰤の切り身などを食べているうちに二十日頃になるとすっかり骨ぐらいしか残らなくなるので、そのあらでだしを取り、この日に大根を煮いたことから、こんな奇妙な名称が生まれたようです。
 
 
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 ★弓馬術礼法・小笠原流元服式が二十日、上京区の梨木神社であった。新成人となった同流ゆかりの学生三人が鎌倉武士の装束に身を包み、成人の誓いを新たにした。
参拝者らが見守る中、新成人は鎌倉時代から伝わる「加冠の儀」に臨んだ。門人の介添えを受けて直垂(ひたたれ)姿に着替え、最後に「因(ちな)みの親」と呼ばれる後見人に烏帽子(えぼし)を頭にのせてもらい、大人の仲間入りを果たした。
 
 煎茶道方円流の初釜が二十日、中京区のホテルで開かれた。各界の招待客と国内外の門人ら約二七〇人が出席し、心のこもった一煎を和やかに味わった。水口松園家元嗣が、えとにちなんだ「精華亥刻」の茶碗などを用い、すがすがしい煎茶を丁寧にいれた。豊園家元が「まず一煎を頂いて、ひとときでも心を空っぽにしてください」と、落ち着いた時間を過ごすよう勧めた。暦の上では「大寒」のこの日、席には黄檗山七代悦山の「花開萬国春」の軸が掛けられ、穏やかな季節の到来を願った

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  2019年 1月 15日(火)


     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
 上賀茂神社下鴨神社では野菜果物とともに小豆粥と大豆粥をお供えし、五穀豊穣、国家国民の安泰を祈願します。
由緒ある両神社での、ほのぼのとしたひと時を過ごしましょう。
 
★あずのおかいさん
小豆粥を京都風に言うとこうなります。小正月と呼ぶこの日に小豆粥で祝い、邪気を払います。
お粥の中に、それぞれ柔らかく煮いた小豆、餅を入れたもの。

「京の味・ゑびすさんと小正月」にレシピもご紹介しています。
 
 ★新熊野神社左義長(さぎちょう)神事
左義長とは小正月の十五日、松や青竹を組み立てて中に注連縄や門松入れて燃やす火祭りの儀式で、「とんど」とも言われます。

ここでは長さ五メートルの青竹三本を束ねてしめ縄を巻き、火を入れて、一年の厄除招福を祈願します。
  2019年 1月 16日(水)

     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
 ★北区・上賀茂神社で一月十六日、正月行事を締めくくる「武射神事」が行われる。
大的式弓射引初め神事(おおまとしききゅうしゃひきぞめしんじ)とも言われ、矢を射抜いて一年の豊作や、邪気をはらう平安時代に始まった神事。境内芝生の東側に射場が設けられ、直径約一.八㍍の的の裏に「鬼」と、大書された的が用意される。その的を一人二本ずつ射て悪鬼祓除し、その年の無病息災を祈願する。
烏帽子に狩衣姿の神職達が御幣殿前の芝にて、四十㍍離れた的を射るもので、迫力満点です。
武射とは「歩射」から転じたもので、馬上から矢を射る流鏑馬に対し、馬に乗らず地上から矢を射るのでこの名がつけられて、芝生に設けられた長さ約三十㍍射場で、烏帽子、狩衣姿の神職が順に矢を放った。弓術小笠原流近畿菱友会の射手七人が一列に並んで矢を次々と放つ「百手式」の奉納もあり、これだけ広大な場所での弓の神事はあまりないので、ゆっくり見物できるのが魅力。 
 
  2019年 1月 19日(土)

     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

 

 東山区・八坂神社の境内に古くから疫病除けの神として崇敬され、疫神社(蘇民将来社)というお社がある。
 毎年、一月十九日に「疫神祭」が行われる

この日の早朝に竹の芯の茅の輪を鳥居に据え、粟餅をお供えします。
その由来は、八坂さんの祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)が南海を旅していた際に、巨旦将来に一晩泊めてもらえないかと頼みましたが断られ、弟の蘇民将来に迎えられ、粟餅でもてなされました。
みことは蘇民に対してのお礼に、悪疫が流行しても茅の輪を腰に下げれば悪疫除けになると告げました。そのため、蘇民一家は無事であったという故事によるものです。
 
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"おいない"の京都最新情報

2019年 1月 14日(月)
     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

 
恵比寿神社:「宵えびす祭」2019年
 ★福笹(ざさ)を手に寺院を回る新春の恒例行事「泉山七福神巡り」が十四日、東山区泉涌寺山内の寺院であった。商売繁盛や家内安全を願う多くの参拝者でにぎわった。
泉山七福神巡りは毎年、成人の日に行われる。山内の寺院では戒光寺に弁財天、雲龍院に大黒天など七福神をそれぞれまつる。番外となる新善光寺愛染明王泉涌寺楊貴妃観音堂を含めた9カ所をめぐる。
参拝者は福禄寿をまつる即成院で福笹を授かって巡回を始めた。縁起物のタイや俵、熊手などを表した「吉兆」を福笹に飾り付け、一年の幸せを願い、各寺で手を合わせて祈願していた。
戒光寺では、小正月にちなんで邪気を払うとされる小豆がゆが振る舞われ、参拝者が体を温めていた。
 
冷泉家:「歌会始」2119年
 平安時代からの和歌の伝統を受け継ぐ歌道宗家・冷泉家歌会始が十四日、上京区冷泉家住宅で開かれた。門人ら約七〇人が集い、初春のよろこびを込めた和歌を朗々と詠み上げ、新年をことほいだ。 藤原俊成、定家を遠祖とする冷泉家の恒例行事。狩衣(かりぎぬ)姿の第二十五代当主冷泉為人さんと袿袴(けいこ)をまとった女性六人が披講の儀式に臨んだ。今年の兼題は「早春野辺(そうしゅんののべ)」で、当主夫人の貴実子さんの「さゆる風去年(こぞ)となりけり春立ちてかすみたなひくみとり萌(も)ゆ野辺」など九首を独特の節回しで詠み、門人たちが唱和した。
続いて、即興で和歌を詠む当座式では「枯野(かれの)」の題が出され、門人たちが厳かな表情で筆を手に、和紙に向かっていた。
 
醍醐・法界寺:「裸踊り」2019年
 ★下帯姿の男性が体をぶつけ合うなどして無病息災を願う「裸踊り」が十四日、伏見区の法界寺であった。寒空の下、上半身裸の男性や子どもたちが仏への帰依を意味する「頂礼(ちょうらい)」の掛け声を連呼し、踊りを奉納した。
同寺では、元日から二週間にわたって五穀豊穣(ほうじょう)などを願う「修正会(しゅしょうえ)」が行われており、最終日のこの日は締めくくりの「結願(けちがん)法要」の一環として裸踊りが営まれた。下帯は安産祈願の腹帯として重宝されている。
僧侶たちが本堂の薬師堂で読経する中、隣接する国宝の阿弥陀堂の縁側では、地元の児童ら一〇人が頭上に掲げた手をたたきながら、「頂礼、頂礼」と元気よく繰り返した。参拝客からは「かわいい」と歓声が上がった。水をかぶった男性十一人も登場し、勢いよく体をぶつけ合っていた。
 
下鴨神社:「繁昌大国祭」
 下鴨神社で「初大黒えと祭」が行われ、菊と二葉葵の飾りの付いた五合桝に大国神像が授与されます。 半桝を「繁昌」に引っ掛け、下鴨の繁昌大国とも親しまれている縁日です。
大国さんは福徳円満・長寿・殖産興業にご利益のある神様とされていますが、干支も護って頂けます。
境内の各干支の神様にお参りして、お土産に干支守りを持って帰る。
 
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"おいない"の京都最新情報

 2019年 1月 13日(日)

       [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]   
 
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 ★華道未生流笹岡の「初いけ式」が十三日、下京区のホテルで開かれた。今年は創流一〇〇周年の節目となり、各界の招待者と門人ら約五〇〇人を前に、笹岡隆甫家元が年始の花を生け、一層の飛躍を誓った。
笹岡家元はこけむした太い枝から真っすぐな若枝を伸ばす紅梅と赤い実をしっかりとつけた千両に、仏手柑(ぶっしゅかん)を取り合わせ、「(流派の)老若が一緒になって日本文化を押し上げていく担い手になってほしい」との願いを託した。
続いて、全国から集った流派代表一〇人が新春を飾る若松を生け、一年の精進を祈った。
 
 ★一月十三日午後零時半、皇后杯全国都道府県対抗女子駅伝競走大会」は西京極陸上競技場において三十七回目の号砲が鳴り、花火が上がってスタート。
今朝の京都は報道のヘリコプターが飛び交い、駅伝ムードは盛り上がり、冬の京都の素晴らしい情景です。
世界に、オリンピックに、羽ばたこうとするホープ達には、京の都大路は日本の女子マラソン界をはぐくんできた母なるロードだろう。 都大路は世界への滑走路。
「ふるさと制度」が変わったのに伴って、今年も全国から六百人を超える女性ランナーが京都にやってきた。
今大会も各年代のトップランナーが顔を揃えた。
次代を担う中高生、躍進著しい大学生、世界トップレベルの実業団のホープが続々と力走し、熱戦が期待される。
「選手にとっては、育ててくれたふるさとに恩返しできる意義深い大会」である。
京都から世界に羽ばたく地元郷土のヒロイン達に大きな声援を送って上げてください。
往復四十二.一九五キロのコースで今年もどのようなドラマが展開されるのか楽しみです。
 
★新春気分もそのままに、九区間になどらえた“数え歌”のような短章でスタート。
一区・いつも輝くランナーの顔。見るものすべてに勇気をくれる。
二区・逃げるぞ追うぞ。駅伝の魅力は抜きつ抜かれつ。
三区・寒い冬にも熱い戦い。冬枯れの都大路が華やいでくる。
四区・呼んでいる。たすきを待つチームメートが見えたら、そらラストスパート。
五区・ゴールを目指す中盤の展開。ここらが勝負の胸突き八丁。
六区・ロードを埋める大声援。ふるさと選手との一体感 (レース直前の調整練習に励む選手達)が忘れられない。
七区・涙流した厳しい練習。苦しいときに思い出せばパワー全開。
八区・ハッとする、かわいい中学生の走りに無限の可能性が見えた。
九区・苦労を忘れるゴールの一瞬。 そこには四十七チームそれぞれに、順位を超えたドラマがある。
 
  結 果
42.195㌔のコースを愛知が優勝を成し遂げた。
   第一位  愛  知   2時間15分43秒
   第二位  京 都   2時間16分45秒 
   第三位   大 阪    2時間17分1秒         
   第四位   兵 庫    2時間17分13秒
   第五位   千 葉   2時間17分26秒
   第六位  長 野    2時間17分47秒
    第七位  神奈川    2時間18分15秒
   第八位  静 岡      2時間18分38秒
来年(2020年)は一月十二日に開催決定。


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"おいない"の京都最新情報

2019年 1月 12日(土)


     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
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★茶道武者小路千家の初釜が十二日、上京区官休庵で催された。
着物姿の招待客が次々と訪れ、新春の一碗を楽しんだ。午前十時に始まった初席には、各界の二十四人が席入り。茶室環翠園には正月飾りの「綰柳」(ワンリュウ)や干支にちなんだ香台が調えられ、列席者は千宗守家元が練った濃茶を服した。宗屋家元後嗣の結婚が六月に予定されていることから、正客を務めた伊吹文明衆議院議員が祝いの言葉を述べた。
床には四代一翁宗守の軸「茶道有無雪塵」が掛けられ、宗左家元と宗旦前家元がそろって「明けましておめでとうございます」とあいさつした。
えとにちなんだ新調の水指や六代覚々斎作の茶杓「猪ノ子」などで、宗左家元がふくよかな濃茶を練った。炉縁や食籠(じきろう)など宗旦前家元好みの道具も多く用いられ、継承を感じさせた。
正客の千宗室裏千家家元は「(宗左)家元の初のお茶をいただき、縁起良くありがたい。而妙斎(じみょうさい)宗匠(前家元)と猶有斎(ゆうゆうさい)宗匠(家元)とで、ちょっとずつお茶の味に幅があるように感じられます」と話しかけた。
十四日まで続き、約一五〇〇人を迎える。十七~二十日の東京初釜には、約千人が訪れる予定。
 
   2019年 1月 13日(日)  
                                 
      [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] 
 
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煎茶道二条流の「初煎会」が十三日、中京区のホテルで開かれた。
今年は二条雅荘家元の孫紀文さんも初めてお運びを担い、親子三代で各界の招待客や門人ら約二〇〇人をもてなした。二条家元が「初春をことほぎ、一煎つとめさせていただきます」と挨拶。家元雅荘嗣がまろやかな玉露を入れるかたわら、列席者は和やかに年始の言葉を交わした。家元席には、黄檗宗の近藤博道管長が記し力強い「無事」の軸が掛けられ、一年の平穏を祈った。また、香煎席なども設けられた。宗屋家元後嗣は「茶の道は清浄なまっすぐな一筋の道であり、御代の変わる今年、原点に返る意味を込めた」と語った。君が代の楽譜の蒔絵が施された棗も用い、新たな時代の到来を祝った。薄茶席には有隣斎前家元の結婚に際し表千家から贈られた花入も飾られ、一層喜ばしい雰囲気に包まれた。
十一日~十四日の四日間で約八六〇人を迎える。
 
★皇風煎茶禮宗家も北区の清風苑道場で初茶会を催し、門下生らが一年無病息災を祈る大福茶を味わった。
 
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★新成人らが弓道の上達を誓う新春恒例の「通し矢」が十三日、東山区 の三十三間堂であり、晴れやかに着飾った男女約一六〇〇人が気持ちを新たに矢を放った。
慶長年間に始まったと伝えられ、「三十三間堂の通し矢」とも呼ばれています。江戸時代、武士が一二〇メートルある三十三間堂の軒下で弓の技術を競ったのが始まりとされる。弓引き初めは、かつて三十三間堂の端から端まで六十六間の距離を一昼夜で何本通せるかを競ったもの。戦後、京都府弓道連盟などが「三十三間堂大的(おおまと)全国大会」として主催し、今年で六十六回目。
底冷えがする境内の射場で、あでやかな振り袖姿の女性たちが六〇メー トル先の的を狙った。静寂の中、かじかむ指先に神経を集中させながら弓を射ると、観光客たちがカメラのシャッターを切っていた。       
☆楊弓 小弓の一種で、もともと主に楊で作られていました。        
室町時代には公家や武家の遊びとして、江戸時代には庶民のスポーツとしても親しまれ、祇園社や六角堂などの寺社付近に射場が設けられ、参詣者を集めたといいます。
      
 
                                 
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★同じ日「柳のお加持」が行われる。                             
正式には「楊枝浄水供」と呼ばれ、後白河天皇の病が浄水で治癒したことに由来します
天台宗密教の修法で加持祈祷した浄水(清水に柳の枝を浸す)を当日妙法院門跡が浄水に柳の枝を浸してその水を参拝者の頭上に振りかける秘儀で功徳が分け与えられる。      特に頭痛に効くという。古くは平安時代に行われ、それによって柳にまつわる伝説が数多く生まれた。この日堂内は無料で開放されます。
  
 
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"おいない"の京都最新情報

 2019年 1月 8日(火)


     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
 ★ 国の安泰や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る、平成最後の「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」が八日、南区の東寺(教王護国寺)で始まった。天皇の御衣を前に真言宗各派の高僧たちが七日間、非公開の法要を営む
法要開始に先立ち宮内庁京都事務所(上京区)から勅使が到着し、御衣を届けた。続いて大阿闍梨あじゃり)を務める長谷寺真言宗豊山派総本山、奈良県桜井市)の田代弘興化主ら僧侶約四〇人が境内を歩き、法要を営む灌頂院(かんじょういん)に向かった。
沿道には近くの保育園児や各派の僧侶が集まり、行列に向かい手を合わせた。また参拝者たちは朱傘を差し向けられながら静々と歩く高僧の列を写真に収めていた。
後七日御修法は真言宗最高の儀式とされる。空海が八三五(承和二)年に宮中の新年の行事として始めた。明治維新直後に廃仏毀釈(きしゃく)の影響で廃れたが、一八八三(明治十六)年以降、東寺で営まれている。
 
 
★茶道速水流の初釜式が八日、北区の滌源居(てきげんきょ)で始まった。今年三月に家元の代替わりが予定されており、七代の速水宗樂(そうがく)家元と八代を襲名する宗広若宗匠が、南禅僧堂師家の日下元精さんら招待客に晴れやかな年始のあいさつをした。
宗広若宗匠が炭手前をする傍ら、後見の宗樂家元が「昨年を象徴する漢字は『災』でしたが、災いを転じて福となす。元号が代わり、私たちも代替わりの年となります」と、新たな時代の平穏を願った。
 濃茶席は宗樂家元が、薄茶席は宗広若宗匠がお点前。六代宗仁作の茶杓「子々孫々」をはじめ、歴代の好み物や鶴亀をあしらった道具を用い、和やかな茶で初春を祝った。初釜式は十二日まで続き、約一六〇人を迎える。
 
   2019年 1月 9日(水)

     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
 
★九売繁盛や家内安全を祈る「十日えびす大祭」の宵えびす祭が九日、東山区恵美須神社であった。大勢の商店主や会社員らが詰めかけ、「仕事で良い縁に恵まれたら」「お金持ちになりますように」と、縁起物の「吉兆笹(ささ)」を次々に買い求めていた。
「商売繁盛でササ持って来い」との掛け声が流れる境内は夜、仕事を終えた参拝客らでにぎわった。神楽の奉納で祈とうを済ませた吉兆笹を受け取り、宝船や千両箱などを飾り付けてもらっていた。              大祭は「初えびす」とも呼ばれ、えびす神が一月一〇日に生まれたことにちなむ。十一日まで夜通し開門し、最終日の十二日は午前九時~午後一〇時に参拝を受け付ける。
 
 
浄土真宗本願寺派本山の西本願寺で九日、宗祖親鸞の遺徳をしのぶ法要「報恩講」が始まった。全国から訪れた僧侶や門信徒約千人が御影堂(ごえいどう)に集い、念仏を唱えた。
阿弥陀堂が修復工事中のため、御影堂の正面には本尊の阿弥陀如来像が据えられ、正面右奥に親鸞の木像を安置。雅楽の音が響く中、大谷光真門主が導師を務め、門信徒とともに親鸞が作った「念仏正信偈(げ)」を唱えた。法要に続いて、大谷光淳門主が二〇二三年の親鸞生誕八五九年と二十四年の立教開宗八〇〇年について門信徒に宛てた書簡「消息」を発表。二十三年に慶讃法要を営む考えを示し、「互いに心を通い合わせて生きていける社会の実現に向け、慶讃法要を迎えましょう」と述べた。
十六日までの期間中、約5五人の参拝者を見込む。境内では、全国から寄せられた絵画や書道作品を展示する「全国児童生徒作品展」や、東日本大震災被災地物産展などが開かれる。
 
   2019年 1月10 日(木)

     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
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★茶道表千家の初釜が十日、上京区不審菴で始まった。千宗左家元が十五代を襲名し初めての初釜で、寒中らしい冷え込みの中、訪れた各界の招待客がすがすがしい新年の茶に心を和ませた。
午前十時の初席には千宗室裏千家家元や千宗守武者小路千家家元、西脇隆俊京都府知事、門川大作京都市長ら二十六人を迎えた。茶室残月亭と九畳敷の床には、千家再興の基となった「少庵召出状(めしだしじょう)」と三代元伯宗旦筆の「春入千林処々鶯(はるいるせんりんしょしょにうぐいす)」の軸が掛けられ、宗左家元と宗旦前家元がそろって「明けましておめでとうございます」とあいさつした。
えとにちなんだ新調の水指や六代覚々斎作の茶杓「猪ノ子」などで、宗左家元がふくよかな濃茶を練った。炉縁や食籠(じきろう)など宗旦前家元好みの道具も多く用いられ、継承を感じさせた。
正客の千宗室裏千家家元は「(宗左)家元の初のお茶をいただき、縁起良くありがたい。而妙斎(じみょうさい)宗匠(前家元)と猶有斎(ゆうゆうさい)宗匠(家元)とで、ちょっとずつお茶の味に幅があるように感じられます」と話しかけた。
十四日まで続き、約一五〇〇人を迎える。十七~二十日まで。
 
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