"おいない"の京都最新情報

2019年 5月 1日 (水)

   
      【花 街 シ リ ー ズ】
 
 
★若葉もすがすがしい新緑の京都にひときわ彩りを添える京の「春のをどり」の最後を飾るにふさわしい舞妓、芸妓の舞・「第百八十二回鴨川をどり」が芸舞妓があでやかな王朝絵巻や愉快な道中記を繰り広げて舞台を彩った。
鴨川をどりは、明治五年の初演以来、長年の伝統に裏づけられた確かな伎芸で、京の年中行事として欠くことの出来ないものとなっています。
◆演目  第一:わかよたれそ 筒井筒  
       第二:艶姿祝新御代祭 (あですがたしんみよまつり)
◆開催期間  五月一日(月)~二十四日(木) 
◆開演時間  午後十二時三十分~、二時二十分~、四時十分、(一日三回公演)
◆観覧料   茶券付特別席:四千八百円・特別席:四千二百円・普通席:二千三百円
鴨川をどりは一八七二年に始まり、年二回公演の時期を経て、一八二回目を迎えた。今回は二部構成で芸舞妓五〇人が出演する。
尾上流で純舞踊と舞踊劇の二本柱。西洋古典を原作にした創作喜劇や、芸舞妓によるあでやかな舞踊に、招待客が見入った。
           [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
 
 右京区梅ケ畑の神護寺一日、虫干しを兼ねて寺宝の絵画や古文書を一般公開する「虫払い行事」が始まった。源頼朝平重盛を描いたと伝わる肖像画など普段は見られない国宝や重要文化財に、参拝者が見入っていた。
虫払い行事を催していたことを示す一六三七(寛永十四)年の文書が見つかったのを機に、同寺が一九五四年に復活させた。普段は京都国立博物館東山区)に寄託している国宝も里帰りさせ、会場の書院に計六十七点を並べた。
国宝「灌頂暦名(かんじょうれきみょう)」は真言宗を開いた空海が行った密教の重要儀式の記録で、儀式を受けた僧侶の冒頭に天台宗を開いた最澄の名前が残る。衣の色から「赤釈迦(しゃか)」と呼ばれる国宝「釈迦如来像」、紺色の紙に金色で書かれた重文の一切経もある。
 
天皇陛下の即位に合わせ、皇室ゆかりの京都、滋賀の寺社では、法要や神事などで新時代の幕開けを祝った。
八八八(仁和四)年に宇多天皇が創建し、明治期まで皇族が門跡(住職)を務めた右京区仁和寺では、国宝の金堂で約二〇人の僧侶が読経し、裕執行長が国の安寧などを祈る奉告文(ぶこくもん)を読み上げた。
 
東山区の長楽寺では、天皇即位時にのみ開帳され、天台宗の宗祖最澄が彫ったと伝わる本尊、准胝(じゅんてい)観音菩薩(ぼさつ)像の公開が始まった。読経後、鍵を開けて開帳すると、高さ約50センチの像が現れた。
 
★御霊神社(上御霊神社上京区)と下御霊神社(中京区)の祭礼の神輿(みこし)は、京都御苑内を巡行した。御霊神社の神輿三基が今出川御門から御苑に入り、朔平(さくへい)門前で祝詞を奏上。続いて下御霊神社の神輿が寺町御門から御苑に進み、仙洞御所前で神事を営んだ。下御霊神社の神輿が御苑内を巡行するのは明治維新以来約一五〇年ぶりといい宮司は「手探りの巡行だったが、いいお祭りができて感無量」と話した。
 
     [葵 祭 シ リ ー ズ]
 
 上賀茂神社(北区)の伝統行事「賀茂競馬(かもくらべうま)」(五日開催)で出走する馬の順番を決める「足汰式(あしぞろえしき)」が一日、同神社であった。雨の中多くの観衆が訪れ、平安時代から続く神事や、新緑の中を駆ける馬の姿を楽しんだ。
足汰式では、鍛錬を積んだ「乗尻(のりじり)」と呼ばれる騎手が、約二〇〇メートルの馬場を直線に駆け抜ける。まず一頭ずつ走る「素駆(すがけ)」を行い、姿勢やむちさばき、速さなどを基に組み合わせを決める。次に本番同様、二頭ずつ走る「競馳(きょうち)」を行う。
今年は中学二年から四十六歳の一〇人が乗尻を務め、勇壮なかけ声やむちの動きで魅了した。訪れた人は目の前を全力疾走する馬の迫力に圧倒され、子どもたちも「速い」「かっこいい」と感嘆の声を上げていた。
賀茂競馬は天下泰平(てんかたいへい)や五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈願するため、一〇九三年に始まったとされる。
 
 ★京都の初夏も川面の涼風はや夏情緒!一日から鴨川納涼床の「床開き」
京都も風薫る素晴らしい季節となってきました。 京都の夏の風物詩として数えられ広く親しまれている「鴨川の床」が今年も早々と、みそそぎ川(鴨川の右畔に沿って流ている人工の浅瀬の川)の上に立ち並び、木屋町の二条→五条間の九十八店の料理屋・各種飲食店・喫茶店や三条→四条間の先斗町お茶屋さんの川床が五月一日より開床!!!。
みそそぎ川のせせらぎの音も優しく、四季折々の自然を映して、京都の町中を流れる鴨川。いにしえの都人は、加茂の河原に桟敷や几を配し、遠来の客を遇しました。
こうした風情を現代伝えたのが「鴨川の床」です。

ずっと以前は六月一日~八月三十一日まの期間を本床「鴨川の納涼床」と呼び賑っておりましたが、近年「皐月の床」五月一日~五月三十一日:「後涼み」九月一日~九月三十日となり、五ヶ月の長期間にわる京の風物詩となりました。 爽やかな五月に催している「皐月の床」この時節は新緑の東山を眺め、川面をわたる爽風に吹かれながらのお昼のひとときを、又夕食の京料理をと古都ならではの贅沢を堪能されては如何ですか…… (但し、雨の日は床は楽しめません)。
木屋町御池の料理旅館「幾松」では、島原の太夫や宮川町の芸舞妓が舞を披露。客は太夫や芸舞妓のもてなしを受けながら、旬の食材を使った料理や酒を楽しんだ。
長刀鉾祇園囃子保存会が今夏初めて「コンチキチン」の祇園囃子(ばやし)を奏で、舞妓が来客をもてなした。
※ 「鴨川納涼床」は特許庁により地域ブンド商標(登録商標)として認定され、全国的にもますます知名度が向上しているようです。 
 
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