"おいない"の京都最新情報

2018年 10月 22日(月)
     【時 代 祭 シリーズ】

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時代祭についてあまり知られていない事実やヱピソート
明治二十八年というのは京都にとって平安京が築かれてから丁度一一〇〇年目という記念すべき年でしたが、その頃の京都は明治維新によって首都が東京に移りすっかり活力を失い、さびれていた頃です。
その時かっての京都の活力を取り戻そうと情熱に燃える京都市民が「平安遷都千百年祭」というイベントを企画し、たまたま第四回国内勧業博覧会と時期同じくしたので、その記念モニュメントと博覧会のパピリオンとして、平安宮大極殿の縮小復元が成され、その出来ばえは素晴らしく神宮としての保存が決定され、平安朝の創始者桓武天皇が祀られることになったのです。
それが現在の「平安神宮」で、当然神を祭るならば例祭が必要となりそこで考え出されたのが「時代祭」なのです。
明治二十八年十月二十二日はまさに新都・平安京の始まった日、つまり京都の誕生日です。「時代祭」という神事として毎年この日に行われるようになったのです。時代祭の見どころは豪華な衣装の数々です。毎年、新調や修復が行われ、一万二千点にもおよぶ衣装や調度品、祭具は全てが本物。その道のプロ達により時代考証が重ねられ糸一本に至るまで当時の素材や技法で復元されています。これぞ伝統工芸王国・京都のなせる技です。
その貴重な衣装や道具は一人当たり一〇〇〇万~三〇〇〇万円です。行列十九列、総勢二千名程ですからその評価額は…何と四十億~五十億円、まさに動く美術館です。
当日は、馬車四台、牛車一台、牛馬七十六頭とともに各時代の衣装をまとった行列は明治維新、江戸時代、安土桃山時代、吉野時代、鎌倉・室町時代、藤原時代、延暦時代の順に京都御所の建礼院門前を出発し、平安神宮までを歩き、古都・京都千年の歴史と文化が一目で判るようになっています。
特に人気の列は京都御所・建礼門から、錦の御旗や陣羽織姿の隊長を先頭に、小中学生の筒袖の羽織に紫色の袴を着けた鼓笛の音とともに現れる鼓笛隊や鉄砲隊など、総勢八十人が、維新時そのままにゆったりと行進する、行列の先頭を行く山国維新勤皇隊、坂本龍馬らが登場する明治維新の立て役者となった幕末志士列と京都にゆかりのある婦人列。婦人列は江戸時代、中世、平安時代の三列あり京都の五花街の芸妓さんらが持ち回りで担当します。
午前九時から平安神宮で二基の鳳輦に桓武天皇孝明天皇のご神霊をうつし、京都御所の建礼門前行在所へ神幸列が出発する。
時代祭行列は明治から延暦までの八時代、二十もの列が市内を練り歩く。列の長さは約二㌔で総勢二千人もの人々が参加する。神幸列の、桓武・孝明両天皇の霊を祀る鳳輦は、宮仕えや護衛の人々と行列の最後尾を進む。
京都で生涯を終えた最初と最後の天皇は、毎年この時に市中の繁栄を眺めて都大路を巡られる。
時代祭りが始まった明治時代は、室町幕府を開いた足利尊氏が「逆賊」とされ、室町時代列が作られなかった。
創設当時は天皇崇拝が色濃い時代で、天皇に刃向かった尊氏に代わり、後醍醐天皇上洛を導いた楠木正成の列が作られたが、「日本文化の原点となる北山・東山文化がないのはおかしい」ということで、能や華道、茶道が発展した室町文化の行列で、金閣を造った三大将軍義満や銀閣を造った八代将軍義政のほか能作者世阿弥や茶人千利休、作庭で名高い夢想国師らの足利時代列(室町幕府)について従来より新設する計画が固まり、平成十九年の創設が実現した。
 
 一八九五(明治二十八)年に始まって以来、空白だった「室町時代列」が平成十九年に新設され、幕府執政列と洛中時代列の約七十人が、室町の華やかな衣装で、金襴の衣をまとった馬上の足利将軍をはじめ、軽やかな音楽と風流踊りが、京都に都が置かれた千百年の風俗を再現する一大歴史絵巻の行列に華を添えた。
★秋深まる古都を彩る都大路京都三大祭りの一つ時代祭が、明治維新から平安時代にかけて時代をさかのぼり各装束をまとった行列が再現する秋の一大風俗絵巻。
七九四年の平安遷都から一一〇〇年目の年、平安京を造営した桓武天皇を祭神に創建された平安神宮平安京大内裏の応天門、大極殿など都の政庁の八分の五の規模に縮小し社殿として建立された平安遷都一一〇〇年目に当たる明治二十八(一八九五)年、この新しい神社の創建に合わせて、祭礼として始まったのが時代祭
桓武天皇長岡京から平安京へ遷御した日にちなむ十月二十二日に行われる。
桓武天皇と昭和十五年に合祀された孝明天皇の御霊を乗せた二基の鳳輦が平安神宮を、京都御所の建礼門前行在所へ神幸列が出発する。時代衣装をまとったおよそ二〇〇〇人の供奉行列と合流、建礼門から京都の歴史と伝統を伝えてきた時代祭平安神宮に向かっておよそ二㌔にわたる行列が都大路を練り歩きます。 その後、平安神宮還幸祭が斎行され、桓武天皇孝明天皇の二柱の祭神が本殿へ安置される。
時代祭は平安遷都一一〇〇年を記念し、平安神宮が創建された一八九五(明治二十八)年に始まった。今年で一二三年目、時代行列の執行は一一二回目
明治維新時代】 
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 ① 維新勤王隊列
維新の際、抵抗する東北諸藩を鎮圧するため、丹波国(現右京区京北)から官軍に加勢した「山国隊」の行列。官軍の旗印「錦の御旗」を掲げ、軍楽隊の笛、太鼓に合わせて登場。
② 維新志士列
桂小五郎坂本竜馬のほか、政争に敗れて都落ちする公卿や攘夷実現に尽力した思想家など、幕末動乱期の英雄たちが続く。
【江戸時代】
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 ③ 徳川城使上洛列
朝廷行事のために上洛した幕府の城使たち。「ヒーサー」の掛け声とともに、当時の盛大さを思わせる豪華な駕籠や器具が運ばれ、大勢の従者が連なり、時代祭の中で最大の行列。
④ 江戸時代婦人列
皇女和宮をはじめ、歌人大田垣蓮月や歌舞伎踊りの出雲阿国など京都で話題となった女性たちに列。さまざまな階層、年齢の服飾が楽しめる。
安土桃山時代
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⑤ 豊公参朝列
豊臣秀吉の子・秀頼の参朝列。最も盛大だったという初参内と元服時の参内の様子を再現。
最高級の牛車に、当日だけ許された「一日晴れ」という特別な装束をまとった大名が続く。
 
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 ⑥ 織田公上洛列
天皇のお召しに応じて上洛した織田信長は、戦乱で荒廃した京都を復興しました。本列では信長のほか羽柴秀吉柴田勝家ら武将が登場。戦国時代特有の甲冑や派手な兜は必見。
 ⑦ 室町幕府執政列
軽武装姿の足利将軍と色鮮やかな甲冑の重臣たちが、御供衆として従った様子を表現した列。武家風俗を中心に、公家・博士・医師などほかの列には登場しない顔ぶれも楽しめる。
⑧ 室町洛中風俗列
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 室町時代後半に、京町衆の間で流行した風流踊りを再現。これは盆踊りなどの原型になったもので、当時は奇抜に着飾った男性が踊りましたが、本列では女性も参加。
⑨ 楠公上洛列
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 隠岐に配流されていた後醍醐天皇の還幸の際、先駆けて上洛した楠木正成の一行。中世に降盛した装飾性の高い大鎧をはじめ、多様な甲冑や武具が見られる勇ましく晴れやかな行列。
⑩ 中世婦人列
平安時代後半から桃山時代までの女性たち。行商を営んだ小袖姿の大原女や桂女、打掛を着た淀君白拍子姿の静御前など多彩。
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 ⑪ 城南流鏑馬
流鏑馬」は武芸の訓練の一つ。本列は、承久三(一二二一)年に後鳥羽上皇が催された、
城南離宮での流鏑馬の一場面。郎党を従えた五人の射手武士が、独特の狩装束で登場。
【藤原時代】
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 ⑫ 藤原公卿参朝列
日本独自の文化が発展した藤原氏全盛の平安中期。宮中での儀式のために参朝する夏正装姿の文官・武官が、御供を引き連れた列で、きらびやかな王朝風俗を伝えている。
⑬ 平安時代婦人列
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 平安時代に大きく変化した女性の服装。巴御前清少納言小野小町たちを通してその変遷を優美に描き出す
延暦時代】
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 ⑭ 延暦武官行進列
桓武天皇の御代、東北地方平定のために遠征した征夷大将軍坂上田村麻呂の行軍。金色に輝く将軍の甲冑や金作りの太刀は、正倉院御物や古墳の出土品などから考証した
 
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 ⑮ 延暦文官参朝列
朝賀の儀式に参朝する文官たちの列で、身分により異なる色の位袍を着ています。最高位の浅紫を着た三位は、平安神宮に到着後、全行列を代表して大極殿で祭文を奏上する。
【神幸列】
⑯ 神饌講社列
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 時代祭当日の神前にお供えする神饌物を奉献する役目の人たちの列。神事を行う装束をいに着けている。
⑰ 前列
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 美しい羽根が目を引く舞人の迦稜頻伽や胡蝶、雅楽を奏する怜人なども加わった祭りらしい列。
⑱ 神幸列
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 行列の中心となる列。平安神宮の御祭神である桓武天皇孝明天皇の御神霊を移した乗輿・御鳳輦が巡行。
⑲ 白川女献花列
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 美しい花を売り歩く白川女たち。伝統的な装束で、色とりどりの献花を頭に乗せている。
⑳ 弓箭組列
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 行列の警護役。弓術が盛んであった丹波国桑田(現亀岡市)、船井(現南丹市)両郡の人々が務めます。