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"おいない"の京都最新情報

 【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

 
★「六斎念仏」に観客ら酔う
鉦や太鼓をたたいて念仏を唱えながら踊る民俗芸能「六斎念仏」が、お盆前後に市内各社寺で奉納される。
六斎念仏は、平安中期、空也上人が一般庶民に信仰をひろめるため始めたと伝えられる伝統芸能

当時、一般には遠い存在だった仏教をより広めるために、鉦や太鼓をたたく賑やかな踊り念仏を作ったのが起源とされる。もとは六斎日(月に六日ある忌み日、精進潔斎日)に行われたのでその名がある。しかし室町時代中期頃から能や狂言、歌舞伎などが取り入れられ娯楽性豊かな唄と踊りとなってきた。
京都では祖先供養と結び付き、大衆化して六斎日にかかわりなく、市内には十数組の六斎念仏が伝承されており、盆前後に各所で行われる。
六斎念仏を始めるに当たっても、各講は管轄の寺院より免許を受ける決まりであった。寺院は二つで、干菜寺(干菜山光福寺:左京区田中上柳町)と、空也堂(紫雲山極楽院光勝寺:中京区亀屋町)である。そのどちらから免許を受けたかによって、「干菜寺系六斎」「空也堂系六斎」という分類をされることもある。干菜寺は六斎の芸能化を認めなかったとされ(その旨の通達文書がある)、他方空也堂はその辺り寛容であったらしく、芸能六斎は全て空也堂系に帰している。なお、空也堂系にも念仏六斎は存在するので、これら系統の比較と、念仏・芸能の複雑な関連性が見られる。

市内では次の六斎がよく知られている
◇中堂寺六斎念仏(八月十一日 清水寺・十六日 壬生寺
◇西方寺六斎念仏(八月十六日 西方寺)
◇小山郷六斎念仏(八月十八日 上御霊神社・八月二十日 千菜山光福寺 ・八月二十二日 上善寺)
◇千本六斎念仏 (八月十四日 千本ゑんま堂)
◇桂六斎念仏(八月二十二日・二十三日 桂六地蔵
◇嵯峨野六斎念仏(八月二十三日 阿弥陀寺・九月一日 松尾大社
吉祥院六斎念仏(八月二十五日 吉祥院天満宮
◇梅津六斎念仏(八月二十五日 梅宮大社
◇久世六斎念仏(八月二十五日 長岡天満宮・八月三十一日 蔵王堂光福寺)
◇上鳥羽六斎念仏(八月十一日 清水寺・八月二十二日 淨禅寺)
中でも壬生寺の「壬生六斎念仏」は芸能性の強い空也堂系の六斎念仏で、国の重要無形民俗文化財に指定されている
 
壬生寺盂蘭盆供養万灯会は八百年以上昔の記録が残っているほど、古いもの。
先祖追善を願う灯籠が千数百灯されます。本堂には先祖の精霊を迎え、送るための「万灯会の灯籠」約千百基が吊され、本堂前の特設舞台で、地元の住民を中心につくる壬生六斎念仏講の約三十人が六斎念仏を上演する。
本堂に向かって念仏を唱える「発願」に始まり、酒に酩酊し、女を買いに走る不良坊主をコミカルに演じる「願人坊」、太鼓の早打ちを競う「四ッ太鼓」など十一曲、多彩な演目が披露され、軽快な技に観客らはひとときを酔いしれる。
精霊迎えは九日午後八時から壬生六斎講保存会の「壬生六斎念仏」、精霊送りは十六日午後八時半から 中堂寺六斎会の「中堂寺六斎念仏」が本堂前の仮設舞台で六斎念仏奉納。
九日と十六日は、壬生六斎念仏万灯会両方が見学できます。迎え鐘をついて、精霊を迎えます。
 
 
 
★ 一日参ると千日分の観音様の御利益があると伝わる「千日詣り」が九日、東山区清水寺で始まった。
早朝から多くの参拝者が訪れ、願い事を託した。
千日詣りは、千手観音の功徳が一年で最も大きくなる縁日。一時期は廃れていたが、一九九三年に復活してから、年々、参拝者が増えているという。
特別公開された本堂内々陣には本尊を納めた厨子二十八部衆の像が並ぶ。家族連れらが、本尊の千手観音と縁を結ぶとされるひもに触れて、「良縁成就」や「家内安全」と願い事を書いたろうそくを献灯した後、本尊とつながる紐を手にして、成就を静かに祈っていた。
九日は中堂寺六斎念仏法要。十六日まで。十四日~十六日は夜間拝観。